amazon: 21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略(オリヴィエ・ブランシャール (著), 田代毅 (翻訳))
最近低成長の話やターゲットを4%に上げる提言など、政策の話を良くしていたブランシャールが、 ちゃんと本を書いてくれた、というもの。「21世紀の財政政策 低金利・高債務下の正しい経済戦略」
Bookwalkerでポイント50%還元をやっていて、それと飛行機の中などで読むのにもいいかな、と思い購入。 最近あまり真面目な経済学の本を読んでいなかったし。
まだ序文や第一章を読んでいる段階だが、ちゃんとした経済学を背景に物を語っていていいねぇ。 当たり前だが。 この当たり前をやってない本とかばかり最近は読んでいてうんざりしていたので心が洗われる。
1章は本書全体の概要で、各章の要点がコピペされているような内容になっている。
主に本書で重要になってくる金利の周辺について、以下のような話がある。
r
とr*
r < g
の話r*
が
という話が書いてある。この辺はマクロ入門の恒等式とか標準的なIS曲線の話なので、経済学の復習にも良い。 ケイジアンクロスとかも出てくる。
ただ、内容は学部の入門的なマクロ経済学なんだけれど、動学的な視点が重視されているような印象を受けた。
使う道具立てがすごく基礎的なものなのが少し驚きがある。 経済学の教科書にしては簡単すぎるが一般向け書籍で良くこんな話をする気になったな、という。 明らかにちゃんと経済学を勉強した人間じゃないと内容が理解できない。 けれどちゃんとした経済学の本では無い。
経済学における貯蓄や投資を良く分かっていない人が読んでも全く何言っているか分からないだろうが、 教科書の応用の読み物としてはとても面白そう。
ちゃんと経済政策の話をするならこのくらいは分からないと会話にならない訳だけど、本当にそれを前提にするのはちょっと勇気が要るよな。 そして自分の話をこうやって書くには本を書く必要がある。
本書は「r - g < 0
がしばらく続きそうで、その場合はプライマリーバランスが赤字でも財政が発散しないから財政政策の余地は思っていたより大きいかもしれない」というのが主な主張だ。
これはgが大きいのでは無くrが低い事から達成されている。
という事で大きく2つの議論がある。
r - g < 0
が続くと財政政策についてどういう事が言えるか?3章は過去の推移を見て、そのトレンドに関わり合いになりそうなものとして経済成長率と高齢化の影響を見る。
経済成長率はRBC的な代表的個人のオイラー方程式からでる基礎的な式として金利と強い関わりがあるように見えるしそうした研究が多いが、実証的にはいまいち、という話をしている。
そして高齢化の影響は貯蓄にどう影響するかをOLG的なモデルや簡単な図式で考えて、貯蓄の話からあとは2章の道具立てで低くなりそうに思える、みたいな話になっている。
どちらもr*
の低位安定を証明したって感じの話では無くて、「ブランシャールはこう思っています」というような話。
けれどなぜそう思うかが経済学の入門的な話で説明されているので、説得力もそれなりにある上に理解はしやすい。
この主張自体はそんなにrobustでは無いと思うのだけれど、この問題についてrobustな主張は難しい、というのは皆が同意する所で、 その時に自分の考えをこのように示す、というのは良い説明の仕方だなぁ、と思った。 内生的な金利の理解は遠いから入門的なマクロ経済学のモデルで考える、 というのは、現実の問題にどう向き合うべきか、という一つのモデルケースとして良い物に想う。
一方でr - g < 0
の帰結は放漫財政に都合の良いものである訳だが、そのrobustさが微妙なものに依拠しているので、
これをどのくらい前提とすべきかは人によって意見が分かれるだろうなぁ、と思う。
そういう判断をちゃんと各自が出来る、というのがこの本の良い所だやね。
r - g < 0
だとどんな債務の額でも発散しない、というような話がいろいろと説明されている。
一方でこのrは財政赤字に依存するものなので仮定の時点で財政政策には限界があるはずだが、
そうした関係をちゃんと理解するのは困難であるというのはここまで見てきた所。
感覚的にはこれは当たり前の話ではあって、借金の金利より成長率が高ければ、借金がいくらであってもGDPの成長の割合の方がいつも大きいんだから比率が発散する事は無い。 この当たり前の事実は普通の経済書では長期間こんな事が続く事は無いと切って捨てて終わる訳だが、 この本はこれがしばらく続くという前提でいろいろ考えてみる、という本で、そこに新しさがある。
で、普段は切って捨ててしまう事を、もうちょっと深掘りしてみるといろいろと予想外のインプリケーションがある、というのがこの章の内容。
債務比率を問題にするなら、債務が大きければ大きいほどむしろ債務比率を安定させるのは簡単になってしまう。
それは安定させるのが比率なので、大きいものの方がr-g
の差分も大きくなるから当然なのだけれど、
これはそのままでは債務は大きければ大きいほどより多く借金が出来る、という話になる。
大きくなるとr-g
が負という仮定の方が崩れるので限界はある訳だが、この限界はどのくらいか?というと、真面目にやるなら確率過程となり、分布を仮定する必要があって、これを説得力がある形でやるのはまぁ難しいやな。
簡単なランダムウォークの例が載っていて、これはそんなに難しくないし、ベースにして良いものとも思うけれど、
あまりこれを元に大きな主張は出来ないですね…という感じにもなる。
これは現実だろう。
r-g
の値によってプライマリーバランスを変える政策r-g
が負である事が続きそうだが低確率で正になる事もある、という場合に対応するために、
「正になったらプライマリーバランスを黒字にする」というようなトリガー条項的なものを使う、という話がある。
これは非常に理にかなっている気がする。
r-g
が負であるのがしばらく続きそうだ、という事にさえ同意があるなら、正になる低確率の度合いに同意が無くてもこの方針には賛成出来るだろう。
そしてこれに同意出来ないのであれば、財政赤字は至急削減せざるをえない。
現実問題としてr-g
が正になった時に緊縮財政を本当に実効出来るかは怪しいので政策として実現可能かは分からないが。
r-g
が正になったらプライマリーバランスを黒字にする、という事を皆が信じたら、それ自体がrを下げるのでr-g
が正になる確率を減らし、
財政赤字の拡大余地が増える。
端的に言えば高齢化で増加する社会保障費を国債で賄える確率が上がる。
そして財政破綻をする確率は別段上がらない。
ただr-g
が負である事はもう終わる、という考えもあるだろう。その場合はこのルールは結局今の借金は正になった時の引き締めを大きくするので望ましくない、という話になるだろう。
これはこれで一つの立場と思う。
ただこれはなかなか興味深いルールに思うので、日本でも議論されても良さそう。
複数均衡、昔経済学部の大学院に行こうかなと思っていた頃にそのうち論文読まないとなぁ、と思いつつ結局読んでないので、 ちょっと興味深く読んでいたが、グラフなどの意味は良く分からなかった。 これはもうちょっと勉強しておかないとついていけなさそうだな。
この本、基本的には学部レベルおマクロを基本にするけれど、細かい所でなかなか最新の研究みたいなのも盛り込んでくるので、 全部消化するのは相当の難度だよな。
もちろん詳細を理解してなくても複数均衡があってそれがどういう条件か、というのを信じれば主張は理解出来て、 読者のほとんどはそうやって読むんだろうが。
複数均衡を消すなら債務比率7%程度まで下げなくてはいけない、というのは、素直に受け止めるなら財政赤字はそもそもほとんど許されないという結論になるよな。 それはちょっとやそっとでは無理だからデフォルトリスクはある程度は仕方ない、と割り切っていてそれはまぁその通りとは思うけれど、 この結果の受け止め方は人によって差が出そうだな、とも思う。
その後の量的緩和とかの話はさすがにちゃんとしていて、そこらのうさんくさい本とは違うなぁ、と思う。
r-gが負の場合、債務それ自体に価値がある、というような話をまずはOLGで示して、 その後不確実性のもとでそれらがどうなるかという話をするが、結論は難解で良く分からない、という感じ(良くは無いがデメリットは小さい、が著者の主張)。
感覚的には、資本が過剰に蓄積されている時は、クラウディングアウトを意図的にする事で投資を減らして効率的に出来る可能性はありそうに思う。 そもそもr-gが負というのはrが低すぎるという事で、クラウディングアウトでrを上げるのがメリットになりうる、というのは理屈は理解出来る。 また、rよりもgが大きいなら、rD払ってgD借りるとプラスになり、Dが大きい方が差額が大きくなるのはなりそうな気がする。
ソローモデル的には、貯蓄を取り上げて消費させると厚生は改善するので、 投資を取り上げて消費に回すようなメカニズムになっていれば改善するのは過剰貯蓄の定義から当然ではある。 これと債務の関係は自分にはそこまで明解では無く、完全に理解した、という感じでは無い。 ただクラウディングアウトが投資を減らすのはクラウディングアウトとはまさにそういうものなので、なんかそういうメカニズムはありそうな気はする。
なお、Dを世代間移転に使うと改善する事があるというのはそれはそうね、という感じ。
ただ5-1ではD自体が厚生を改善させる話をしていて、D額を使って厚生が改善出来る、という話では無いのでは?という気もする。
毎期gで成長するDを発行する事で、返済額との差額がプラスになるのでDの債務は国を豊かにする、、、なんか書いていて分かってきた気がする。
Dを何にも使わなくてもプラスになる、という話じゃなくて、Dの使い道を考えないでもDの債務を発行する事自体がプラスになる、という話か。 やはりDを完全に無駄に浪費すればプラスでは無い事もありうる訳だな。
ここでは財政赤字が有害かどうか、という話をしていて、幾つかの条件を満たしているとプラスになる、その条件を議論している訳だな。
上の話はOLG的なモデルで話をしている。
けどこういうのはrと密接に関わりがあるので、閉じたモデルで考えないと良く分からない所はあり、 コブダグラス型の生産関数でブランシャールが近似式を求めた話(2019年の論文!)とかが紹介されていて、r-gに相当するものは資本コストも結構入るから赤字はわずかにデメリットがあるがほぼプラマイゼロ、というのがブランシャールの結論っぽい。
内容的には割と大学院のマクロ経済学という感じで、全部をちゃんと消化するのは一般人には難しそうだなぁ、 と思うが、逆にRBCとかある程度やった人なら追えるような平易な解説にはなっている。 でも対象読者は経済学部の大学院生とかなんですかね。
自分的にはデメリットはあるが割と小さい、は、それなりに妥当に感じる。 一方で現時点でもデメリットがあるという状況では、さらに拡大が出来るのか?というのはちょっと疑わしいよなぁ、という気持ちにもなる。 この辺が変に強い主張が出来ないあたりは、ちゃんと誠実にやった結果という気がしてむしろ好感が持てる。
いちいちリカードの等価定理や代表的個人の断りが入るのが読んでてちょっと面白い。ブランシャールは嫌いなんだろうな。 ケイジアンが正しい、的な事を必死に言おうとした結果むしろ代表的個人な話が多くなってしまっているのが、不思議な本だな、という印象を受ける。
でも実際、減税すると将来の増税を予想して消費が増えない、ってのはちょっと現実の重要な何かのメカニズムを捉えているようには見えないよなぁ。
乗数の最近の研究の話も面白くて、増税してその分財政出動するのは全く有効ではなさそうだなぁ、と思ったりする。 財政赤字拡大の余地は公共投資より減税で使う方がいいって事かねぇ。それもそれで信じがたいが。
ラヘルとサマーズの試算で、債務のGDP比率が1%上昇すると中立金利は2〜4bp上昇すると推計されている、との事。 USの1990年以降に当てはめて債務比率が60%増加している事から、1.2〜2.4%ほど中立金利が上がった、とか。 へー、この試算は封筒の裏計算的には楽で良いね。
日本の場合、rをもう2%くらい上げられるとすると、だいたい債務比率を50%くらいは上げられる、逆に言うと50%くらいで望ましい水準を超えてしまう、という事だね。 もう250兆円くらいはプライマリーバランスの赤字を計上する余地がある、という事か。 毎年50兆円では5年だね。うーん、高齢化の厳しいあと25年くらいを乗り切りるにはちょっと足りないね。 もちろん本書の序盤で主張しているような、rを下げる構造的な圧力によりrがもっと下がるかもしれないが。
節タイトルはまとめとなっているが、まとめというよりはまずは現時点(というかコロナ、ロシア危機前くらい)の状況をスタート地点としてどういう財政政策が望ましいか(ZLBでは財政赤字が望ましい)、 という話から始めて、民間需要が高まってきたらどうするか(財政赤字を削減してプライマリーバランス黒字を計上して債務を圧縮)、 みたいな話が、メカニズムの説明も込みで書かれている。
この節を読むと、単にr*
が低いから財政赤字をしましょうね、という主張では無く、
それぞれの状況での提案があって、今はこの場合と思っている、という話だとわかる。
これは端書とか序盤だけを読んだ印象とは結構違う内容だなぁ。
6章は5章の内容を実際の3つのケースで見ていく、という感じ。ただ単に当てはめるというよりは、 5章の内容をガイドにしつつ実際には周辺のデータや当時の反応などを見ていく、というもの。
6-1はEUのギリシャ危機からの一連の緊縮対応。率直に言って自分がEUの人じゃなくて日本人で良かったな、と思う内容。
6-2がバブル崩壊以後の日本経済で6-3がバイデンの財政政策、という感じ。
高債務な状態で金利が上昇するシナリオを3つ検討している。
現在は世界需要の増加というよりは供給制約によるものと思うが、効果としては3とだいたい同じ状況下に置かれている気がする。 この場合のブランシャールの見解は以下のようなもの。
「日銀が海外のr*
の上昇に対応しない場合には、円安といくらかのインフレにつながるだろう。ここでも、円安による景気拡張効果が見込まれる(そして日本の公的債務は外貨建では無い)ため、生産を潜在水準に維持したまま財政赤字を減らす事が出来る。また、インフレは債務の実質価値を低下させ、rを低下させるので、より好ましい債務ダイナミクスを導く。」
概ね現状に近い話に思う。現状との違いは、海外の金融市場のrの上昇の理由である供給制約(Covid-19、ウクライナ危機)は日本にも存在する、という事か。 プライマリーバランスがどうなっているかは見てみたい気もするが、これらの結果の統計が見られるのは来年かな。
ググっていたら以下の記事を見つけた。
税収増でも2025年度は赤字 プライマリーバランスで内閣府試算 - 日本経済新聞
これは政府の試算の発表で、この試算の元がどこにあるかは見つけられなかったが、いくつかの新聞社が同じような事を報道している。
この記事を見ると、プライマリーバランスの赤字の縮小はだいたいブランシャールの言う通り起きているように見える。 黒字を計上して債務を削減するほどでは無いが。
この記事の数字をこの本に当てはめてみたい。 といってもちゃんとやるなら名目とか実質とかをしっかり考えて無い数字は試算しないといけないけれど、 ここではそういう事はあまり真面目にやらずにえいっと適当に代入してどんぶり感を見るに留める。
過去平均シナリオ
つまりプライマリーバランス1.4%くらいの赤字までは債務比率を均衡させる値となる。 名目GDPをざっくり600兆円とすると 8.4兆円くらいの赤字までは債務比率を均衡させる。
成長実現シナリオ
これはさすがに無理じゃね?という気もするけれど、一応このケースが書いてあるのでその試算も。
つまり 3.9%の赤字程度まで許される。つまり23.4兆円。これは自分の感覚の30兆円くらいにおさめておけばなんとか、 という感覚とどんぶりは近くなる。
本での試算
なお、本書内の試算では
で計算して、プライマリーバランスが3.2%くらいの赤字までは均衡させる値と言っていて、 この試算とはgとrの値が違う。
自分の方の試算はこの辺どんぶりなのであまりあてにはしないように。
実際の財政赤字の見通し
一方、記事にある25年度の予測値は1.3兆円の赤字。ざっくり600兆円をGDPの予測値とすると0.2%という事でだいぶ低い。
上記の記事はもともと2025年までにプライマリーバランス黒字を目指すという目標があってそれとの差分を書いているので、 この数値は多少疑わしい希望を政府が述べている側面がある。
一方で単に均衡を目指すならもう1.2%くらい、つまり7.2兆くらい財政赤字拡大の余地がある、という事になる。 このくらいまでなら目標を達成出来なくても状況は悪化していないと言える。
政府の認識ではrが低い期間は長くは続かず、高齢化の進展に伴い上昇するという想定で居て、それまでにある程度、 金利に合わせて債務を調整出来る程度の余地を作っておきたいという事なんだろう。
一方で金利が上昇した時のシナリオによってはプライマリーバランスの黒字をより容易に達成出来うるので、いくつかのケースは心配するほど酷い事にはならないかもしれない。 この辺は具体的なシナリオを考えて個別に議論していくブランシャールのやり方は誠実に思えるし、我々も真似すべきなのかもしれない。(真似するのは大変だが)
ブログに全体の感想を書いた。>ブランシャールの「21世紀の財政政策」は素晴らしい経済学副読本 - なーんだ、ただの水たまりじゃないか