audibleで何か聞くもの無いかなぁ、と思って見つけた「戦争の地政学」。タイトルからあまり期待していなかったが、割と当たり。 ただし回りくどくて、本題とは関係の無い話が間にいちいち挟まるため、例えば英米系地政学とは何か?とかが結局なんなのかが分かりにくい。
学術的な地政学というものは無いといいながら、なるべく学術的なものをまとめようと努力していて、かなり上手く行っているのでは無いか。
ドイツ系、大陸系の地政学が何か、というのは割とわかりやすいのだが、英米系地政学というのが何か、というのはいまいちなんなのかわかりにくいのでメモを残しておきたい。
国家有機体説の延長として置かれる大陸系地政学は、国民国家を一つの有機体とみなして、国民=国家がその絶対的な主権を持つ、 という考えのもと、その地理的な要因などを考えていくという構成になっている。
一方でイギリスやアメリカは、主権は分割されて存在し、有機体としての国家よりも国民の自由を守る事を重視していて、 単一の主体である国家が絶対的な主権を持つ、という考えとは異なっていた。 イギリスの立憲主義はより経験や実体を元に発展してきたもので、 ドイツ的な国家有機体説のような考えはあまり流行らなかった。
英米系の地政学という言葉を代表するのはマッキンダーの歴史の地理的回転軸(1904)、という論文の内容となる。 歴史の地理的回転軸は地理的形状や河川の位置などに注意が注がれていて、 一般的な抽象概念としての国家などを想定せず、 地理的な条件を元にその影響を受ける具体的な人間集団を対象としている。
ハートランドと南下政策
ランドパワーとシーパワー
インナークレセントとアウタークレセント
生存圏、権益思想、パンリージョン(広域圏)。 各地域には強い民族が君臨し、広域圏を確立する。 広域圏の盟主同士はお互いの生存権を尊重すべき。
各地域秩序に、その中の一番強い民族による覇権国家が存在。 多元的。
お互いの生存権を尊重する事で安定が得られる。
無差別戦争観とはなんぞや?とググっていて以下を見つける。
なかなか面白かったのでリンクを貼っておく。
最後まで聞き終わった。割とおすすめ出来る本だと思う。 ただそもそも地政学というのが学ぶ意義があるのか?という事に疑問を持たされるような内容でもあった。
地政学と名前のついている本を読んでも、結局地政学というのがなんなのか良く分からない、という事が多い。 けれどこの本は、地政学とは何か、特に米英系の地政学についてはかなりどういうものか理解出来る(マッキンダーの理論)。 スパイクマンの理論はどう違うのか良く分からなかったが。
大陸系の地政学という方はハウスホーファーの理論を学べば良い事は分かるが、結論しか提示されてないのでいまいちどういう理論体系かは分からなかった。 ハウスホーファーをもっと詳しく説明してくれれば文句なしの本になるのだが。 大陸系地政学のどの辺が地理的条件を考慮しているのか、が良く分からないのだよな。河川とかの話全然出てこないじゃん。
そしてスパイクマンの話にいたっては、リムランドという概念が出てきてうんぬん、といいつつリムランドがなんなのかは最後まで謎(どこかに説明があったのかもしれないが自分は気づかなかった)。 なんかこういう、誰々はXXXと言った、みたいな話があるがXXXについての説明が無い、みたいなのは多い。
ただ地政学とは何か、ということが良く分からないまま進む他の本に比べると、 この本は地政学とは何か、という事についてある程度の理解が得られるので、価値があると思った。
この本の主張である大陸系の地政学と米英系の地政学の2つがある、という主張がどのくらい正しいのかは自分には判断出来ないので、 その辺の評価は自分には出来ない。
内容的にはかなり良いと思えたが、記述の仕方というか本の構成は良くなかった。 英米系の地政学と大陸系の地政学の対立を最初から何度も触れるくせに、 英米系の地政学が何か、という説明がなかなか出てこない。 ようやく始まったかと思うと脇道にそれたサイドエピソードとか当時のバックグラウンドみたいな話が延々と挟まってなかなか本題が始まらず、 油断してると本題が過ぎ去っている、という感じで結局何なのかが頭に残らない。 仕方ないので巻き戻して聞き直す、みたいな事をやる必要がある。
そして英米系の地政学が分かった、と思って今度は大陸系の地政学とは何だ?と聞いていくと、またサイドエピソードみたいなのがいっぱい挟まって、 結局大陸系の地政学が何なのかが良く分からない、という事が多すぎる。 しかも本題の大陸系の地政学の説明はかなり簡潔で、結論だけを述べててどうしてそういう結論なのかという組み立ての部分が無いので、妥当性も良く分からない。 もうちょっと本題をしっかり説明してくれればいいのに、本題の地政学の話では無い事を繰り返し説明してしまう。
この辺、本の構成はいまいちだなぁ、と思った。
ただ内容が、地政学を学びたい人には自分が見た中では一番良い本なので、構成の悪さは我慢出来る。 でも構成が良い方が良かったな、とは思う。
分かりにくいとはいえちゃんと地政学とは何かという話があって、それを元に後半は明治維新以降から第二次大戦までの日本を見たりイスラム国やテロとの戦争を見たりウクライナ危機や中国などの話を見てみる、という話がそれなりに続くが、 確かに地政学の視点で見るとどうなるか、という事は理解出来る。
この手の他の本では、どれが単なる国際情勢の話でどれが地政学の話か良く分からない、というものが多い中、 この本はどこが本書でいう地政学の視点というものか、というのは分かる。 そして実際に適用してみると分かる事もある。 なるほど、これが地政学を通して見るという事か、とは思える。 それはこの本の目標を達成出来ている、という事なんじゃないか、と思う。
そういう訳で地政学を通して見るとどうなるか、という事は理解出来るのだが…その結果の説得力はかなり微妙だと思った。 これは本書の出来が悪い、というよりは、地政学って学ぶ意義があるのか?という問題のように思った。
本書の主要な主張である2つの地政学の対立のうちの片方、米英系の地政学、というよりマッキンダーの理論が、 北極とかハートランドといった地理的な特徴からイギリスとロシアのグレート・ゲームを説明する、 というところに地政学の面白さや意外性があると思うし、 これは確かにグレート・ゲームや日露戦争をうまく説明出来ていると思う。
けれど、本書の後半でも出てくるが、中国はどうなの?と言われるとこの理論では上手く扱えない。ハートランド関係ないし。 中国よりロシアの方が重要だ、という結論はあまり説得力が無いだろう。でもそれではマッキンダー理論の面白い部分がまったく無くなってしまう。
対テロ戦争への適応具合も微妙だ。
さらに日露戦争ではうまく説明出来ていたが、第二次大戦の日本は大陸系の地政学的な考えになっていた、 というような話は、地理的条件が変わってないのでそれは地政学では無いのでは?という疑問が湧いてくる。 単にランドパワーとシーパワーの対立という話ならマッキンダーの地理的な洞察の面白い部分はやはり無くなってしまう。
さらにシーパワーという視点からランドパワーと対峙するためにアメリカとの戦争になった、という話でいくなら、 戦間期で日本の海軍を米英より少なくするような取り決めなどを強行していた理由は説明出来ていないのではないか?という気もする。 もっと単純に、単にアメリカが太平洋の覇権を握りたくて日本が邪魔だった、みたいな単純な説明に比べて、 本当に説得力が増しているのか?というのは微妙な気がする。 オッカムのカミソリ的な話として、北極がどうのハートランドがどうの、みたいな話を持ち込んだら、 単純な薄っぺらい説明よりも多くの事が説明出来ていないと駄目なんじゃないか、 という気がするが、あんまりそういう気はしない。
新しい視点は与えてくれて、それは一定の価値はあるかもしれないが、 マッキンダーが論文を書いた時期の世界情勢の説明としては優れていても、 その後にも当てはまるような普遍性はあまり無いのではないか、という印象を強めた。
ただそれは本書の出来が悪い、という話では無くて、地政学というものがそういうものだという理解を与えてくれるという点で、この本の優れたところという気がする。 類書では結局地政学が何なのか良く分からないのでそういう結論も自分で考える事は出来ないものが多い。 この本は少なくともマッキンダーの理論がどういうものかは説明されていて、それこそが地政学の少なくとも半分であるとは言っているので、 それの当てはまりが良いか悪いかで地政学というものの力を評価出来る。
地政学といいながら地理的条件変わってないじゃん!という不満はあるにせよ、 英米系の地政学という視点で見た当時の日本の振る舞いというのは、 なかなか興味深い視点は与えてくれていると思う。
また、それ以前のヨーロッパ公法と第二次大戦のあとのアメリカの振る舞いの違いなども理解が深まる。 理論的にはヨーロッパ公法の秩序の方が優れているようにも見えるが、 アメリカが選んだのが現在の秩序なので、現在の秩序の枠組みで考えるしかない、というような理解も得られた。
ポツダム宣言やサンフランシスコ講和条約の説明も詳しい。 地政学は関係ないがそういう話は勉強になった。
シーパワーとして振る舞っていたらアメリカとの戦争が避けられたのかは疑問ではあるが、 領土拡張の方向にかじを切ったのは失敗だったんだろうな、とは思える。
地政学が何かについては理解がそれなりに得られた。ハウスホーファーの方をもうちょっと説明してくれればなぁ、とは思うが、 少なくともマッキンダーとハウスホーファーをちゃんと学べば良いのね、という事は分かるし、両者の主張の違いも分かる。
そしてそれらの視点による説明は、グレート・ゲームや第二次世界大戦の欧州の事情、ウクライナ危機などはうまく説明しているが、 それ以外の事への当てはまりは微妙で、学ぶ必要がどこまであるかは微妙だなぁ、と思った。
逆にそうした事が分かったというのは本書の価値だとも思う。
地政学が何なのかを知りたければ読む価値はあるが、読むと地政学を学ぶ必要があるかは微妙という事が分かる、 というちょっとしょんぼりとした結論の本だった。
地政学というものに興味があったので、その興味は満足してくれた。