edXのCell Biologyの三部作の真ん中、Part2のCell Biology: The Cytoskeleton and Cell Cycle を終えた。 MITのコース的には7.06の2つ名、7.062に相当するもののedX版という事で7.062xが正式名称と思われる。

MITの生物学のコースとしては、706xの前に700xや705xがあり、ブログにいくつか感想も書いた。詳細は以下のWikiから辿れる>MITxBio - RandomThoughts

とにかく、この706xのPart2は700xと705xを受けたあとの人が受けるコースという事で、かなり発展的な内容に思う。 感覚的には学部3年生の内容と思っているが、テストなどの設定では登場人物は大学院生という事になっているので、ひょっとしたら修士くらいの内容なのかもしれない。 そもそもにこの706xが3部作になっている事からも内容の細かさが伺い知れる。 なお、それぞれ7週間くらいのコースとなっている。かなり大変。

細胞生物学とはどんな分野か?

Part 1が終わった時に感想を書きそこねたので、まずそもそもの細胞生物学、という分野についての話を。 私見では、細胞生物学は現在の生物学を学ぶ時の花形となる分野とも思う。

細胞生物学は細胞を主に学ぶ生物学のサブカテゴリ。 細胞を単位とするので、例えば組織とかの話は出てこない。端的に言えば筋肉とか肺や循環器系、神経系などの話は無いと言って良い。 また、細胞生物学よりもっと小さい方の分野としては分子生物学という名前となる。つまり分子生物学より大きく、組織や循環器系などの系より小さい単位、それが細胞生物学。 例えばDNAポリメラーゼやヘリカーゼの詳細などはあまり扱わず、これらがある程度は所与としてそれらがどう組み合わさっていろいろな事が起こるかを学ぶ。

細胞生物学が花形と思う理由を、雑に物理で例えると、分子生物学は量子力学、細胞生物学は解析力学くらいの感じの適用範囲に思う。 そして量子力学ではまだ水素原子がかろうじて扱えるくらいの段階と思ってもらえると、現在の人類の立ち位置がなんとなくわかるんじゃないか。 分子生物学は先が長すぎて意味のある結論にはまだまだ到達出来る気はしない。

一方で細胞生物学はいままさにいろいろな事が明らかになって学問として完成に向かって大きく進んでいるところで、 学ぶべき事が多く、またそこでわかった事の適用範囲も具体的かつ広くて、いろいろな現実の世界にインパクトを日々与えている感じが学び取れる。

また細胞は、スケール的に実際に「見る」事が出来る最小単位と言える。 細胞自体は顕微鏡で見る事が出来るが、一方でその構成要素の小胞体などは構造を見る事は出来ない。 構成要素がある事は見えるが、それが何なのかは見えないという、ちょうど見える限界のところの学問である。

人類は長い事、細胞を見ては、その多様な構成要素が一体なんなのか、どういう役割をしているかを知りたいと思ってきたし、 その探求はまだまだ道半ばである。 この人類の探求の歩みをリアルタイムで見るという楽しさが、現代の細胞生物学を学ぶ楽しみにはある。 19世紀、20世紀の生物学者が良くわからんなぁ、と思っていた構成位要素の役割をついに我々は突き止めたぞ!という興奮が、 講師の語りからにじみ出ている。

そうした現代の生物学の花形である細胞生物学を本格的に、3つのコースに分けてじっくりと学べる706xは、 趣味で生物を学ぶ人間の最終目標足り得るものであり、そこまでの労力に応えるだけの内容を持っている。 そのうちのPart 2を今回終えたので、そのPart 2の感想を以下に書いてみたい。

Part2の内容と面白さ

このコースはPart 2で、タイトルのようにCytoskeletonとCell Cycleの話。Cell Cycleというのは生物の入門でやる細胞分裂のフェーズ、G1, S, G2, Mなどの話。 細胞分裂に関しては入門レベルで十分詳しくやっていてこれ以上何をやるんだ?と思う人も多いだろうし、Cytoskeletonって何やるのさ?と思うのが、 生物をそれなりに学んでここまで来た人の印象だろう。

でもやってみるとこれが非常に面白くて、またそれまで学んでいた事と深く結びついていて、関係なさそうなトピックの理解も深める重要な部分である事を知る事が出来る。

Cytoskeletonは要するにactinとmicrotubuleの話となる。特にmicrotubuleが中心。 microtubuleという構造の分子のレベルの理解から始まり、 それのカタストロフという仕組みで力が生まれる事、 どうやって作られるかという仕組みから細胞分裂へと話がつながる。

また、microtubuleやactinやモータータンパク質といった分子レベルの話をいろいろ見ていく事で、 それが細胞というマクロな系でどのように使われているかの例を見ていく事で、 これまでメカニズムが謎だった様々な現象を化学反応やアロステリックといった基本的なしくみのレベルから理解出来るようになる。

たとえばPart 1でやった細胞内輸送の仕組みや精子の移動、筋肉の収縮(これはこのコースではやらないが)など、 これまで学んできた様々なトピックが、actinやmicrotubuleとその上のモータータンパク質という事を理解した上で見るとつながって見えるようになる。 他にもホルモンとかウィルスとかそういったたくさんの生物学的なトピックの見え方が変わるコースだ。 大げさに言えば世界の見え方が変わる、そんな凄いコースである。

このコースの終盤は、microtubuleの応用として一番「派手」な細胞分裂を、このmicrotubuleという視点で見る。 こんなに複雑な過程を化学のレベルで理解していくのは、何か究極の理解に到達しつつあるような気分になる。 染色体のダンスという長い間生物学者が顕微鏡で見て魅了されてきた現象についての、(力学的なところに限っているとは言え)終着点が近づいているのを感じる。 生物学の探求の旅の1つの重要なトピックについて、ここまでの道のりも思い返されて感慨深い。

一方で、このタイトルから思うほどにはCell Cycleの話は多くない。microtubuleに関わるMitosisの周辺が詳しく掘り下げられる一方で、 他の部分についてはサイクリンやCDKの周辺が少し詳しくなる程度で、細胞分裂全体に対する理解はそれほどは深まらない。 特に自分は728xの分子生物学でDNA複製の周辺をめちゃくちゃ詳しくやったあとなので、 Cell CycleというよりはMitosisの染色体のsegregation、って感じだよなぁ、と思った。

何にせよ、Cytoskeletonという名前から感じる印象とは大きく異るダイナミックな内容で、化学的な内容を多く、総合力を問われるものとなっていると思う。

なおPart 1の続きなのでPart 1から取る方が断然いい。細胞内輸送を知ら無いとmicrotubule勉強しても何も面白くないでしょう。

難易度とか掛かる時間や大変さなど

難易度という点ではそんなに難しくは無いと思う。 ただ前提知識は多く要求される。 内容を消化するのにもそれなりに知識はいるのだが、 それだけではない。

このコースの感動的なところに、それまで知っていたいろいろな話の理解が深まる、というのがあるので、 逆に言うといろいろな基礎的な知識が無いと、 内容を聞いても「だから何なの?」で終わってしまうという部分がある。 だからこのコースを真に味わうにはかなり多くの生物学、生理学などについての前提知識が必要となる。

逆に前提知識を満たしてさえいれば、難度は高くない。 計算が多い訳でも無いし、assayが大量に出てきてすぐわからなくなる感じでも無い。 この前のBiochemistryのコースの方が難しさという点ではだいぶ難しいと思う。 試験もだいたい95点前後は取れていたし、満点もあった。

難しさは無いが、分量はそれなりに多い。 特にノートを取ろうとすると結構動画を止めないといけない事が多く、かなりの時間をつかう。 毎週10時間では足りないだろう。週末2日をこのコースにあてようとすると一日5時間。かなりキツい。 実際自分は3日くらい当てていた気がする。 それが7週間。仕事しながらだとかなり大変。特にフルタイム労働者にはかなり厳しいと思う。

コースの出来

細胞生物学の大きなメリットの1つに、顕微鏡で見る事が出来るスケール、というのがある。 それは写真や動画が多いという事でもあり、見ていて楽しい。 特に知識があればあるほど、見ているだけで楽しいという気分は高まる。

講師が細胞分裂の動画をしばらく見て、とてもビューティフルでいつまで見ていられるほどめっちゃ楽しい、 と感想を述べる部分があるが、あれは本当に専門家にとってはそうなんだろうなぁ、と思う。 専門家ではなくともここまで学んだ人間にとってもかなり楽しいものであるのは間違いない。

このコースは動画や写真が多いので、動画講義のメリットが大きく出ている。書籍よりは断然動画コース向きな内容だよなぁ。

コースの全体的な構成は素晴らしく、この面白さの分かりにくいトピックをとっても興味深く学ぶ事が出来る。 これは凄い良く考えられたコースだなぁ、と思う。

いまいちなところとしては、板書は下手だなぁ、と感じる。 箇条書きとか矢印があまり整理されてないというか、概念的に並列になっていなかったり、 もっと構造を持っているものを無理にリストにしていしまっていてわかりにくかったり、 何が言いたいのか良く分からない事を書いたりする。 こういうのは教師の実力というよりは、同じ内容の講義をした事がまだあまり無い結果だろうなぁ、と思う。 何度か同じ話をしていればもっと分かりやすい板書になると思うんだが。 これは多分比較的新しい分野なので、提示の仕方の試行錯誤中だからなんじゃないかな、と思う。 そういう訳でこの点はマイナスというよりは、それほどに新しい内容を盛り込んでくれている、 と自分的には好印象。

講師は喋るのが上手いという感じでは無いが、生物学に対する情熱を感じるし、 ちゃんと面白い内容と思えるものを伝えているので自分の評価は高い。

ただ板書の写真はほしいなぁ。あれ、全コースで置いてよ、と思うんだが。

まとめ:前提条件を満たせば、世界の見え方が変わる素晴らしいコース 

コースは素晴らしいので、学ぶ前提条件を満たせたら是非とる事をおすすめする。

もっと言えば、このコースを堪能出来るようになる為に生物を学ぶ価値があると思う。 つまり、このコースを学ぶ前提条件を満たす為に生物を勉強しよう!と、 そういった目標になりえるようなコース。

一方でこのコースだけを理解しても全く面白さは分からないので、 このコースが楽しめるくらい生物学をちゃんと勉強しよう!という感じのコースでもある。

こういう世界の見え方が変わる体験をするのは、 学問を学ぶ大きな楽しみだよなぁ。 そうしたものを提供しているこのコースは本当に素晴らしい。