去年やってた仕事を再開するかどうか、年内に決めると言っていたのだけれど、 もう年末だ。という事で決めた。 悩んだけれど来年からまた働く事にする。 それについて考えた事などを書き記しておく。

再開しようと思った要因

まず、それほどちゃんと確信を持って行った決定という訳では無い。 どちらかというといつまで経ってもどっちか決まらないまま期限が来た、という感じ。 どっちがいいかよく分からないから、とりあえず働く事にするか〜、くらいの印象だ。 そろそろどっちかには決めたいとは思っていたのだが。

そんな曖昧な状態で、どんな事を考えて働く事にしたのか、その期待を書いておきたい。

良いと思うほどじゃないが想定よりは良くなった状況

前回の仕事は組んだ会社がいまいちやる気が感じられなくてやめたという経緯がある。 その認識は大きくは変わらないのだけれど、自分が抜けたあとに人の追加は自分が思っていたよりはちゃんとやった。 十分必要な人材を揃えた訳では無いが、それができそうも無いのは抜ける時点でも明らかだった(これは会社のせいというよりはやろうとしている事が難しいという事)。

自分は、抜けた時に、ある程度ちゃんと立ち上がったら自分もふたたび再開すると言っていた。

今回のお仕事一旦終了 - なーんだ、ただの水たまりじゃないか

現状は良い状況とは思わないけれど、「抜けた時点で想定出来る中では」という修飾子をつければ、かなり良い状況といえる。

これで再開する気が無いなら、まともに始まったら再開するつもりがあるとか言わずにちゃんとやめておくべきだったよなぁ、とは思っている。

まぁちゃんとやめておくべきだった、というのが正解の可能性もあるけれど、 やめた時の判断に従うなら再開すべき、という事になる。

組んでる会社が思ったよりは頑張った、これが再開しようと思った理由の一つになる。

中途半端に終わっている物をちゃんと完成させたい

再開しようと思った理由の一つに、中途半端に終わっているものを完成させたい、という思いがある。 これはサンクコストと諦めるべき所かもしれないけれど、プログラマ人生のアウトプットという視点で考えればゼロからまたやるよりは費用対効果が良いかもしれない。

プログラムは実際に使われていろいろ出てくる所で判断の正しさが採点されるというか、 学びがあると思っている。 以前抜けた段階ではまだそこまで行ってなかった。 やはりある程度作ったからには、使われて問題が出てきて対処して〜というのをやりたいという思いはある。

プロジェクト自体は立ち上がって人もある程度アサインされたので、実際にその段階まで行ける可能性は上がってきた気は少ししている。

Covid-19的な今後の不透明性との相性

仕事とは関係無い要因として、Covid-19的な状況の不透明さがそれなりに残っていて、 状況の変化に対応しやすい状態にしておきたい気持ちがある。 つまりあまり引っ越ししたり大きく生活を変えたいと思っていない。

家の中で仕事をしている、というのは、すごく状況の変化に強い、 というか、コロナが酷くなろうが落ち着いていようが、もはやそんなに違いは無い。

あまりCovid-19の状況のさらなる改善を期待してやきもきするよりは、 別に改善してもしなくても変わらない事をしばらくやってる方が精神衛生にいいかな、という思いは結構あった。

生活水準の向上

全然プログラムは関係ない要因として、何故かCovid-19で資産が随分増えた。なんで増えるの?未だになんでかよく分かってないのだが…

資産が増えると、労働意欲が無くなる効果もあるのだけれど、一方で中途半端に余った部分をどうしようか、と考えて、 もうちょっと働いてさらにもう一段生活水準をあげようかな、という気持ちになってくる効果もある。

考えている事として、Covid-19的な状況に対応する為に、今の家を維持したままどこかにしばらく滞在する、というような、 2拠点維持を選択肢に入れたいな、と思い始めている。 なんか友人が「夏の間三ヶ月くらい軽井沢に居たけど良かったよ〜」とかセレブみたいな事を言い出して、 へー、いいかもな、とちょっと影響されたのもある。 今の時代だと引っ越すよりも拠点はそのままにちょっと数ヶ月出かける、くらいの体制の方が良い気がする。 働かなくてもたぶんそのくらいは出来るんだけど、 割と高く付くので所得がある時の方が踏ん切りが付きやすい。

もう一つ考えている事として、年齢要因的な事もあって、中期的には車のある生活に移行してもいいかもなぁ、と考え始めたのがある。 バイクと車は両方持っててもバイク乗らなさそうなので、車を買うならバイクも処分して、住む場所ももう少し車を前提にした場所にしたくて、といろいろ考える事があるので、 今すぐという訳では無いが。

車のある生活というのはより定住に近いかたちになると思うので、これまでとのライフスタイルの変更がある。 今回はガレージもある割と長く住める感じのシェアハウスに住んで、 これまでのスタイルと車のあるスタイルの間くらいになっていると思うが、 これがなかなか快適で良い。今後はこちらでいいかもな〜という思いは高まっている。 底辺シェアハウスとかCovid-19時代向きでも無いしね。 東京に住みたい時にも、2拠点維持の前提なら東京の安いホテルとかシェアハウスに数ヶ月居るようにすればいいか、とも思える。

車は前から結構欲しいと思う事はあって、雨や花粉の時期などに暇になりがちという問題に対する解決策にもなるし、 星を見に行くのにも車の方が楽というのがある。バイクは冬は寒いし、ライト的にも車の方が夜の峠越えとかには向いている。 これまでは車を持つ事で定住度が上がるデメリットの方が大きくて車の無い生活を選択していたが、 Covid-19時代では車持つデメリットはだいぶ軽減されているよなぁ、とも思っている。

そんな複数の要因から、生活水準をさらに向上させてもいいかもなぁ、と思っているのは、今回働いてもいいか、と思った理由の一つでもある。

40代でのプログラマとしてのアウトプット

この要因はここ数ヶ月でどうこう、という話では無い、以前からの話ではあるが。

自分のプログラマ人生を考えた時に、なにか足跡のような物を考える事が増えてきた。 生活の為に働かなきゃいけないという部分はだいぶ薄くなってきた結果、そちらに関心が向くようになった気もする。

プログラマ人生の足跡、という事を考えると、なにか40代でそれなりに大きな物を作りたいな、という気がしてきている。

そうした事を考える時に、前回の仕事のプロジェクトのゴールは割とそれに沿っている(ここは疑問もあるがそれは後述)。 そしてある程度状況が改善してきた結果、 良く無い部分が多くても、まぁ選べる機会はこんなもんがせいぜいで、 なにかやるならこのくらいでなんとかするしか無いのかもしれないなぁ〜という気はしている。

もっとマシな状況の方が嬉しいし、それを探すべきなのかもしれないが。この辺はよくわからないな〜と思っている所。

プロジェクトのゴール自体が自分の40代での大目標に沿っているのは、割と良い点だと思っている。

また、仕事を受けなかった時に、他にもっと良い足跡を残せそうか、という事を考えた時に、もっと良い選択肢がすぐには見つからなかったというのはある。 これはもうちょっと探し続けても良かったかもしれないが、前回のプロジェクトは割と珍しいチャンスであって、 もっと良いのは無い可能性もある。 結局リリースされないくらいだったらプログラムの本書いたり趣味のアプリ作ったりしている方がマシだな、という思いもあるのだけれど、 それらのマシだな、って奴もそこまで目指したい物では無いので、リリースされる方に掛けたいと思った部分はある。

不安要因

ここまでは働くか、と思った要因だったが、悩んでいたのはそれなりに不安な部分もあるからな訳だ。 そちらも書いておきたい。

プロジェクトのゴールに対する不安

一番大きな不安要因として、やると言っている事と実際にやる事が違うんじゃないか、という疑いがある。 大きな物にチャレンジせずにしょぼい物を作ってリリースしてやったという事にする、みたいな。 しかもその時にその自分が大してやりたいと思わないようなことに対しての労働力として使われる、みたいなのは一番嫌だなぁ、と思っている所。

これに関しては、抜けた段階ではかなりそうなりそうだと思っていた部分がある。 だがその後にアサインされたリソース的には自分のやりたい事と同じ方向を向いているかもしれない、という側に傾いている度合いは増えた。 ただ、それでも複数のプロジェクト参加者が居て、皆が同じ方向を向いている訳では無いので、 プロジェクトの向く方向が自分の期待する方向と同じかどうかは未だによくわからない。

これが違うと思ったらその場でやめようとは思っている。

リーダーシップの低さ

目標が違った、というのとは別に、目標が無かった、みたいなのも結構恐れている所で、 なんとなくグダグダ進んで誰も求めていないなにかができて終わる、みたいなのには付き合いたくないなぁ、という思いが強い。 しかも結構なりそうで怖い。

誰かが強い意思でなにかを決めないといけない、みたいな所で誰も決めないとなりそうで、 それはソフトウェア開発という困難な事を進めるには、不安な所でもある。

face2face信仰との、宗教的な対立

なんかみんな顔合わせたりzoomでミーティングするのが好きなタイプなんだよなぁ。 これは宗教的に相容れない気はしている。

今の時代的には自分はリモート信仰が強く、そちらの旗の元で戦いたいという思いがあるが、 それには全く合致していない。 社会をどういう方向に進めたいか、という事を考えた時に、手を貸したい組織では無いのだよなぁ。 自分はそういう、社会をどういう方向に進めたいかみたいな事を結構大切にしているので、その面では大きなマイナス。

ただ自分がzoomのミーティングに出なくてはいけない、という訳でも無いし出勤する訳でも無いので、 その辺はプラスではある。

チーム開発力の低さ

組織をまたぐ開発が下手過ぎて、ちょっとこのままの開発体制ではどうにもならん、という部分が多い。 この辺は前回と違ってもう既知なので、ある程度は口も手も出す必要あはるかもなぁ、 という気はしているが、それは自分のやりたい事でも無い。 しかもそういうのに手を出してくのはミーティングとかに出なくてはいけない度合いが増えるので、前述の宗教的な対立も関わってきて、 あまり気乗りしない。

腕っこきのLeadが来てその辺を整備してくれるのを期待してたが、そんな風にはなかなかならないやね…

自分の能力の不足

作ろうとしているものはなかなかチャレンジングなので、単純に自分の実力が足りずに実用化出来ないとうリスクがそれなりにある。 または実用化はしたが期待する物になってない、とか。

自分の能力不足が原因でプロジェクトが失敗したら申し訳無いが、 自分の側としてはこれで失敗するのは一番諦めがつくというか、挑戦した甲斐があったと思える失敗パターンだよな。

もうちょっとすごい人が入ってきて共同で困難に挑む、というのが理想的な展開なのだけれど、それほど状況は恵まれていない。 これはまぁ仕方ない。あるものでなんとかするしか無いのは、なにかに挑戦する時の本質的な事だ。 特に小さな組織で大きな事をやりたい時にはねぇ。