SNS陰謀論
単なる与太話です。
ふと以前知り合いだったが最近特に接点のない人が、最近何やってるかな〜と気になったので、その人のtwitterを見たら、 延々とおかしな主張のツイートにもの申していた。 見た瞬間にこれは酷い…と感じたのだけれど、それは何故そう感じるのか?という事を考えて思いついた事。
SNSが見せるものを露骨にコントロールするようになってきている事には特に異論は無いだろう。 たくさんある主張の中から何かを選ぶのは、それを生成している事とどれほど違うのだろうか。 既にあるツイートを使って「自分」の言いたい事を見せているとするなら、 それは何を見せているのだろうか? それは反応しやすい事を見せているのだろう。
そう思うと、SNSという存在は、なんか反論したくなる事をランダムに人に見せて、人類は単にそれに反応しているだけのようにも見える。 反応は長続きせず、またすぐに新しい刺激が来て、それに反応し続ける。 それは凄く自動的な閉じた話に思う。 明かりに虫が誘われるのに似ていて、こういう文字列を生成するとなんか反応を返す、という存在。 それがずっと続いている。
そうしてSNSは反応を引き出す事で、人類のやる気のようなものを奪っているのではないか。
もともとある程度溜まると何かをやっていた人類が、いつもランダムに生成される文字列を見て反応を返すだけを繰り返させる事で、 やる気が散逸して何か時間の掛かる創作活動や深い学習などが出来なくさせられている。 ただひたすらに文字列が送られてきてはそれに反応を繰り返させる事で、SNSから見て人類の行動は非常に安定させる事が出来て、 予測不能な事も起きづらくなる。 主張の内容とかはSNSからは当然どうでも良くて、反応を見てこの生き物はこういう刺激を定期的に与えると大人しくしているんだな、 と思って、餌を与えたり間引きしたりするのと同じような感覚で、人類に刺激を与えている。
まぁ実際にSNSが悪意を持って人類を管理しようとしている、とは思わないけれど、 人類が反応を返しがちな文字列を定期的に生成する事で反応を返させ続けている、というのは、かなり実態に近いような気もする。 それでは、その単に反応を目的に生成された文字列に反応する意義というのは、何かあるのだろうか?