今は勉強の時代なのでは
今日は久しぶりに機械学習系の仕事をしている人と話をした。 なかなか世はAIである。
そこで最近良く考えている事である、自分は何をしていったもんか、という事をまた考えたりした。
LLMにいろいろ投げかけて、こんな事を返した、という事を日々行うのは無駄なんじゃないか、という気がしてきている。 こんなのが作れた、といろいろ作るのも、それ自体は無駄なような気がする。
それらが無駄に思えるのは、自分の側に残るものに価値を見出せないからに思う。 逆に言うと、自分に残るものにフォーカスしてやる事を考える方が、やるべき事が明確になるのではないか。
RhinocsやPngNoteに価値を感じるのは、それらを使っている時間に価値を感じるからだ。 そしてそれらは、ようするに勉強をするツールだという事に思う(それ以外にも使っているが)。 どうも勉強には意義を感じているようだ。
作るものも、自分の学習を助けるものを優先的に作っていくのがいいんじゃないか。 そして作ったものではなく、それで助けた学習の方の価値を最大化していきたい気がする。 そう思うと、今は重点を学習の方に置きたい。
そうして考えると、どうLLMを使うのか、の前に、今自分が学びたい事はなんなのか?が来る気がする。 そしてその学びの補助としてどうLLMを使っていくか、と考えたい。
今自分は何を学んでいきたいかなぁ? 【書籍】原論文から解き明かす生成AIを読んでいて、関連論文を追うのは、 やっても良い事に思っている。 もうこういう仕事をやる事は無いんじゃないかという気はするが、 何かの到達点としてこの辺で過去に学んできたものを統合しておくのは、 やっておいてもいい事に思う。 せっかく友人が本を書いたのだから、読んで感想くらい伝えてあげたい、という思いもある。
【書籍】興亡の世界史、シルクロードと唐帝国はそれなりに意義を感じて読んでいる。 特にLLMの補助は必要とはしていないが。 歴史はもう少しいろいろ学んでもいいかな、という気はしている。
健康についての関心は高いので、生理学などはやっていきたいなぁ、とは思っている。
量子力学の基礎論はやってみたいな、という気はしている。 この辺は誰か一緒にやる人がいいなぁ、とは思うのだが。 全く役に立つ気はしないが、今はなんかそいういう事をやりたい気がする。
そういえば信号処理の本も読みたいと思っていたな。その辺をやってもいいかもしれない。
ここに挙げたような事をやっていくのは、今考えてみた感じ、悪く無い気がするな。
これらを読んだ結果は、もっと有機的にまとめたい気もする。 過去の機械学習系の勉強記録はブログになっているのだが、ブログは参照するにはいまいちに思う。 もうすこし小さい単位のWikiにしたいよなぁ。 過去に書いたブログをそういう単位に構成しなおすのはやりたい気もする。 たとえば今ビタビアルゴリズムを復習しようと思っても、過去のブログを見直すのは相当かったるい。
むしろ今やりたいのはそういう過去に書いてきたノートの再構成かもなぁ。
基本はTeFWikiで良いように思うが、WikiNameの作り方に工夫が欲しい気もする。 そしてRhinocs内でもっとやっていけるようにしたいかもなぁ。
今学ぶ事は、将来使いそうでなくてもいいかなぁ、とは思う。暇だし。 ただ意義深いと思える事を学びたいなぁ。
今はソフトウェアは自分のためだけに作るのがいい気がするな。 そして自分が何をするかはその前に置きたい。