そのうち作りたいと思っている事はすぐ作った方がいい
機内書き物。
そのうちAndroid用のエディタを作りたいな、と思っていた。これはすぐ作った方がいい、という気がしてきたという話。LLMの影響。 以前からそのうちやりたい事はすぐやった方が良かったとは思っているが。
以前Folangというものを作った。これは雑用スクリプトを関数型言語でやりつつgolangのようにその後のメンテも楽にしたい、 と思って作ったもので、結構いいものが出来たと思っている。 だが、雑用を自分で書かずにLLMに書かせるようになったので、golangでいいや、と思うようになった。 Folangは作る意味が無くなったものと言える。 個人的には言語作るのは好きなので、Folangを作るのは楽しかったから、 あんまり損したとは思ってないが。
Jetpack Composeも以前は技術的に面白いものだと思っていたが、UIのコードをLLMに書かせるようになると、 ビルドの依存の少なさと速度の早さ、トラブルの少なさから、Viewの方が良いと思うようになる。 Jetpack Composeは自分で書くのが快適で良い、という技術であって、 その結果良いものが出来る、というものではない。 そしてViewは自分で書くのがかったるいという欠点があるだけで、 勝手に書いてくれるなら構わない。 ListViewにアイテムごとのlayoutのxmlを書くなんてかったるすぎてやってられない、 と思ったが、LLMが生成するなら構わない、むしろ生成したものが何かをファイルツリービューで簡単に確認出来るので、 Jetpack Composeよりも生成結果の把握が容易だったりする。 Jetpack Composeは単なるユーザーだったので別に構わないのだけれど、もし自分がこの開発に人生の多くを捧げていたら相当ショックだっただろうなぁ、と思う。 また、GUIの技術の進歩は結構興味のある話題だったので、 その最後のComposeが完成の前に自分にとって無価値になってしまったのは、それなりにショックな事ではある。
Composeはもう少し枯れていて、広く使われていて、パフォーマンスも十分に上がり、Composeでしか出来ない事がいろいろ蓄積されて、 ビルドも安定してアップデートの頻度も低い状態になっていたら、たぶんLLMで生成させるのでも構わなかったと思う。 そしてもう数年でそこまで行けてたとも思う。ギリギリ間に合わなかったなぁ、という感じがする。
将来何が無価値になるかは本当に良く分からない。Declarative UIがこんなに早く無価値になるとは思わなかった。 一方で今欲しいが無いものもたくさんある。 今から作って、何が間に合って何が間に合わないのかも良く分からない。
ただ、現時点では全部が無価値ではない、というよりは、無価値になってないものの方がずっと多い。 そして例えばAndroidのエディタを作りたい、と思っているとしたら、 Androidの寿命の間にエディタが無価値にならない可能性はそれなりにある。 Androidの寿命がどのくらいかは分からないが、もともとそれほど遠い未来という感じはしない。 もしAndroidの寿命が先に来るなら、LLMの影響は特に関係ない。 だから作るのが無駄になると思って作らない理由は無いだろう。
だが、老後にOSでも作って過ごそう、とか、老後にエディタでも作って過ごそう、みたいなのは、 やってこない未来の可能性が大きく上がった気がする。 そのうちやりたいと思っている事を、もしやるなら今がいいのだろう。 またはもう遅いと思ってやらないという選択肢もあるのかもしれない。
ものを作りたい、という時には、2つの要素がある。
- 作る楽しみを得たい
- それを日々の生活で使いたいのに無い
1は現時点で無価値になっていないなら、今やればおおむね問題は無いだろう。 2は、出来たあとにしばらくは無価値にならないと思わなければやる意義は無い。
2をやるべきかは悩ましさもある。期待値は下がった気がする。 だが欲しいものが無いという現実は今目の前にあって、やがて自動で作れるようになるから、といって今それが無い日々を過ごさなくてはいけないのを我慢するのも嫌だ。
また、意外と無価値にならない可能性もある。自分は2015年くらいに英語の翻訳がかなり賢くなった時に、 もう英語の勉強とかはあんま要らないんじゃないか、と思っていたが、 11年経った現在でも英語は喋るし読んでもいる。11年使うのなら学ぶ価値はあっただろう。 今作りたいと思っているものが意外と無価値にならない可能性は十分にある。
そもそもに、作ってみたら意外といらなかった、とか、 作ってみたら時代が変わって不要になった、というのは、今までもあった事だ。 自分はCOMの末期にATLでいろいろ作ったものが、webの時代になってすぐに無価値になった、という経験を結構たくさんした。 LLMが無価値にするというのもそれらの亜種であって、そこまで大きく違うものでも無い。
また、これまで一人で作るにはちょっと大変だ、と思っていたものが、LLMの補助で自分で作ってもいいかな、と思えるようになったものもある。 これは無価値になる前までは、むしろ今こそ作るべきもの、とも言える。 そういう点でも、そのうち作りたいと思っていたものは今作る方がいいのかもしれない。
ケインズの人は長期では皆死ぬ、みたいな話と同様、長期の話ばかり気にして過渡期を軽視するのは誤った態度だろう。 今という過渡期をどう過ごすか、というのは、今という日々をどれだけ意義深いものにするかという事にとても重要な影響を与える。 40代から50代にかけて、自分は何をしたか、ということを後で振り返る時に、大切なのは今何をするかだ。 今はそれなりにいろいろ欲しいものがあり、自分で作るしか無いものもたくさんある。 どうせ先の事は分からないのなら、心配しても仕方ないので、今の現状で作りたいものは作って良いように思う。
ただ、そのうちやりたいと思っている事は前倒しで今やった方がいいのかもなぁ。