何かをなそうとする人生はどのくらい普通なのか?
最近のギター系youtuberの西尾さんの動画を見ていると、ギター人生のようなものが感じられる。 例えばこれとか。
良い音を出すコツは脱力ではないことに気がつきました! - YouTube
この少し前にゲストで田中ギター教室の人も来て、こんな動画も上げていた。
【雑談】西尾知矢さんから学んだことや自分自身の未熟さについての独白 - YouTube
なんかこう、ギタリストは、ギターで何かをなすというか何かになるというか、そういう感じの人生だよなぁ、という気がする。
最近また、将棋の中村太一さんがA急から陥落した時に、こんな動画を上げていた。
プロ棋士というのは、言うまでも無く人生をかけて何かをした人たちというものだと思う。 こういうのや、糸谷先生の挑戦とかの動画とかも見ても、人生をかけて何かをやろうとした、なした人という感じだよなぁ。
プロサーファーのルイ君が同じような時期に決意表明とか言って以下みたいな動画も上げていた。
【決意表明】今まで話さなかった僕の夢について話します。 - YouTube
これもまた、人生をかけて何かをなそうとする人たちの物語だよなぁ。
youtubeとは関係ないが、最近手術に立ち会う事があって、担当医といろいろと話をした。 これもまた人生をかけて何かをやろうとする人に思えた。少しこれまでの人たちとはニュアンスに違いもあるが、 人生をかけて凄い事をなしている人たちだな、と思った。
振り返って自分を思う。 自分はプログラマーとして何かをなそうとしている人生だと思う。 それは胸を張って言える。
ただ、プログラマというのがみんなそうだ、という訳でも無い気もする。 でもそんなに確信がある訳でも無い。みんなそうなのかもしれない。分からない。
プログラマとして、何を作ったか、みたいな所に強い渇望のようなものがあるタイプとそれほどでも無いタイプは居る気がする。 だが、そういった所に強い渇望が無くても、何かをなしたとしか思えないようなプログラマというのもいる。 プログラマという仕事の特殊性に時代性の強さがあり、何かをやろうという強い野心がなくても何かをやる事があるし、 強い野心があっても何もやれない事もある。
それは例えばプロ棋士とは大きく違う。プロ棋士は、将棋が強い人がなる。強くなろうという思いが強い方が強くなるというものでは無いだろうが、 強くなろうという思いうがなかった人は居ないだろう。 運でなった人やたまたまなった人は居ない。
ギタリストは難しい。たぶん初期の時代性というのはあったと思う。 一方で一度業界として成熟した後に、もう一度また乱世がやってくるような事はあまり無いと思うので、 現代から見ると単に過去の歴史としてそういうのがあった、というだけで、 現代的にはやはり強くなろうという意思を持ってなるものに思う。 プログラマが違うのは、そうした初期の黎明期が、定期的にやってくる所に思う。 だからプログラマの方は歴史だけの話では無くて、現代でもそういう話があり続ける。
でもギタリストでもサーファーでも、人生をかけて何かをなそうとしていない人もいるかもしれない。
昔からミュージシャン志望とか、明治文学だと舞台俳優とかっていうのは、単なるモラトリアムのフリーターと区別がつきにくい部分もあり、 どこからが「そう」でどこまでが違うのか、というのは誰にも分からない。 そしてプログラマは意思よりも偶然の要因が大きいので、モラトリアムしてたら何かをなしていた、という事もある。 しかもプログラマは、何かをなそうとした頃から、時間とともにそれを諦めた後でもプログラマとして続ける事が出来て、 しかも結果が諦めたかどうかで決まるものでも無いのでややこしい。
まぁそういった区別の難しさとかはおいとこう。
人生をかけて何かをやろう、というのは、どのくらい普通の生き方なのだろうか? 普通というのもまた良く分からない用語だが、なんというか、他人に会った時にどのくらいそれを当然の前提とすべきか、みたいな事をぼんやりと考えている。
そういうのが無い、という人はそれなりに見てきた。だから人生というものにそういうのが無い人というのが一定数いるのは間違いない。 以前は多数派がそうなんじゃないか、という気もしていた。でも最近は、どちらが多数派か良く分からない。 どちらも集まっていて、そこに行くと片方の種類の人間しか居ないんだよな。だからそこにいるとその周りにいる人達が世界の普通のように感じられるのだが、 どちらもそれなりに良くある気もする。
実際に何かをなす人は少数かもしれないが、何かをなそうと苦闘する人たちはそれなりにいるよなぁ。 特にyoutubeとかでそういうのは可視化された気もする。 そういった人たちをすべて考えると、そこまで珍しい少数の人という感じもしないんだよなぁ。
どちらが普通なのか良く分からないのだから、実は半々くらいなのかもしれない。五分五分の勢力。 そんな事ある?
多数派がどっちなのか、というのは本当に知りたい事とはちょっと違う気もする。 でも何が知りたいのかも良く分からない。 多数派とか普通とか、気にしても仕方ないような事にも思う。
自分は何かをしよう、何かになろうとしている人の方が好きだな。そういう人と話すのも好きだ。 ただそれがすべてでも無いよな、人生、とも思う。