過去に数回失敗した類似のアイデアは、失敗する事が証明されているか?
iPhoneよりもずいぶんと前に、全面液晶型の携帯電話をパイオニアが出して失敗した事があった。 その他世に出なかった失敗作もあり、全面液晶型の携帯電話というのは、 すでに試されたが失敗したアイデアとして長く扱われていた。 現在ではそれが間違ったアイデアで無い事は広く知られている。
世の中のアイデアの失敗というのは、それほど試行回数が多く無い上に状況もそれぞれ違う。 同じようなアイデアが3回失敗していたら多い方で、一回でもすでに前例があるから失敗が証明されたアイデアのように扱われがちだ。 本当に検証しようと思えば当然まったく試行回数は足りていないものばかりとなる。 アイデアは悪くないがそれ以外が悪くて失敗するのは良くある事だ。
一方でアイデアが悪い事もある。 しかも、やってみると割と明白にダメそうという事が分かる場合もある。 こういう時に、やった人間からすると、このやってないアイデアをドヤ顔で偉そうに言われるとイラっとくるというのも良く分かる。 ただの無知から来る明らかにダメそうなものを、分かってないがゆえに良いアイデアだと勘違いしている場合は確実にある。 けれどそれを証明するほど繰り返し他の条件をそろえて試行される事はほとんど無い。
失敗の前例があるものをうまくいかないと証明されたものとして扱うのは良くない気もする一方で、 失敗の前例というのは、価値のある情報ではあると思うので、それは考慮に入れた方が良い気はする。 どう扱うのがいいんだろう?
究極的には、イケると思った人はやってみて、イケないと思った人はやらない、という事で良いと思う。 やっている人に対して、前例を元に失敗すると証明されているアイデアをやっている愚か者、という扱いをするのは良くないと思う。 一方で自分が前例を元にそのアイデアはダメだ、と判断しても、それもそれで一つの選択だとは思う。 失敗の前例はやはり何かは含んでいる事もあり、それを元にダメだと判断する事も正しい場合はある。
判断が微妙になるのは、やらない場合だ。「こんなのあったらいいのに、なんでないんだ!?」と言っている人が居て、 これを前例の失敗をもとに分かってない扱いしてよいのか? 個人的には良い場合もあれば良くない場合もある気がする。 結局、この人がそれをやろうとして言っているのであれば、その人が分かっている何かがあるとして相手をするべきなんじゃないか。 一方で別に自分でやる気が無い場合は、前例の失敗を元にある程度ダメ扱いしてもいいんじゃないか。 このラインは結構微妙なのでその場その場で各自が判断する事にはなると思うが。
確実に何度も似たようなダメそうなアイデアを聞かされてうんざりしている場合はある。 一方で実現されてないアイデアを見ると実現されていないのには何か理由があるはずだ、 とばかり考えて、新しいアイデアを全て否定してしまうような人も居て、それはそれで間違っているような気はする。
結局は、言っている人が自分でやる気が無いアイデアならどう扱ってもいいだろう。どうせやらないならどうでもいい話だ。
自分がそのアイデアにベットするかダメだと思って降りるかは、前例を参考にはすべきだが、 参考にした上で自分ならイケると思うならやったらいいし、同じ失敗になりそうだと思えば降りる、 どちらが正しいかは誰にも分からない、という感じか。
やはり失敗しているものには、失敗している理由はある。それがアイデアの失敗で失敗しているのか、他の要因で失敗しているかは、 良く見て自分で判断すべき事に思う。 やはり自分なら出来そうか?というのが全てだよなぁ。
自分が「こんなのあったらいいのになんでないんだ!?」と思って回りが前例の失敗を元に分かってない扱いしてきても、 自分がやる気ならば気にしないで進むべきだろう。 そして分かってない奴扱いしてくる人たちは、自分が本当にやったのならそれは良くない事で反省すべきだと思う。 一方で結局なんだかんだ言っても何もやらないのなら、そのアイデアを否定されてもまぁ何も言えない気がする。 あとで他の人がそのアイデアを成功させて「ほら見た事か!自分は正しかった!」とか言っても意味は無いだろうし、 成功させた人はアイデアが良かったのかその人が何か他の所で上手かったのかは第三者には判定出来ないので、 やはりその栄光は成功させた人のものであって、 アイデアを語っていた人の物では無いだろう。
アイデアを否定して良いかどうかは、やはり言った人がそのアイデアをやる気がありそうかどうかで判断すべきな気がする。 そしてやる気がありそうな人が言っている事は、安易に否定しない方がいいな。 似たものの失敗の前例を相手より知っていても、やっぱり試してみないと分からない程度の情報でしか無い。 分かってないものを分かっていると思い過ぎるのは愚かな事だ。