ゆっくりgitの第二回で説明することを大体動画にしたのだが、どうも分かりにくい。

動画を見直すと、どこがどうして分かりにくいのかは分かり、それをもとに考えるとどう直せばいいかは分かる。 でも作る前には分からないし、もっと言えば作り終わった時点でも分からないんだよなぁ。 自分で動画を見てみて初めてわかる。

モバイルのUIとかに似てるよな。 作って触ってみないと良く分からない。 そして触れば、どう直せばいいかは分かる(事が多い)。 でも作っている時点では分からない。 だから作って触って作り直すのが必要で、 これはめちゃ時間がかかるのですごい無駄な気がするんだが、 結局これが一番早い気がする。

作ったものを見直すのは無駄な感じはしないのだが、作り直すのが無駄な感じするんだよなぁ。

例えば文章を書いて推敲して、細かい誤字とか細部を変更するだけなら、別段無駄という感じはしない。 でも文章を書いて、全部を書き直すのはすごい無駄に感じられるので、あんまりみんなはやってないんじゃないか。 多分それをやってしまうと永遠に完成しない気がする。

お絵描きなんかも描き上がったあとに見直すと、何が悪いのかが分かる。 でもこれで全部描き直していると凄く時間がかかる。 だからあんまり毎回何度も描き直す、というのは、主流の描き方ではないんじゃないか(知らないけど)。

動画は結局かなりの部分をごっそり作り直している。 podcastでもそんな話をしたが、これはゆっくり動画の強みだと思うんだよな。 一人で作るものなので、全部作り直しが出来る。結構大変だけど。でも出来る。 これは映画とかセル画のアニメとかでは難しいと思うんだよな。 なんか動かしてみて、とりあえず全部作り直す、を繰り返して良いものにしていく、というやり方は。

動いているのを見ることでインスピレーションが湧くんだよな。 それはコーディングしてみると、これじゃダメだと気づいて、それを見ることで正しいデザインに近づいていくやり方に似ている。 なんかそういうやり方ってあるよな。

コーディングも色々なやり方があるが、結局自分はコーディングしてみてから考える方が好きなやり方に思うし、 それはぱっと見無駄が多いけれど、ほとんどのプログラマよりも自分は早くものを作ると思う。 手戻りをなくすことで自分より早く作る人は居るだろうけれど、自分は遅い方では無いとは自信を持って言える。 だからまぁ好みの範囲と言えるんじゃないか。

動画もやっぱり、作ってみないと良く分からないんだよなぁ。 というか作る前は何を作ったらいいか分かってないんだよね。 そこで手が止まるわけだけど、いくら考えても無駄なので、 なんだか分からないけれど作ってみてそれを眺める、 というのが、唯一何を作るべきかが分かる方法と思っている。

これって一人で動画作る系の人はみんなこうやっているんだろうか?ゆっくり特有?それとももっといいやり方があってこんな事やってるのは自分だけ? あんまりそういう気もしないけれど。