宿に長期滞在している都合で、いろいろな仕事の人と話をする機会がある。 そうして思うのは、自分は割と意義のあると思える仕事をしているなぁ、という事。 これはプログラマという仕事の良い所なんじゃないか。

今やっている仕事は一発当てよう系の仕事で、当てられそうだという意味では無い。 当たらなければまぁみじめな失敗に終わると言えるし、 その結果はあまり意義のあるものでも無い。 だがやってみないと分からないと思えるような事はやれていて、 何度やっても箸にも棒にもかからないという感じでは無い。 これは標準的なプログラムの仕事の範疇と言って良いと思う。 特別凄い事でも無いが、特別恵まれてない事でも無い。 まぁ普通の範囲で多少恵まれている方かな、くらいか? 待遇や労働環境を考えると、普通くらいかもしれない。

だが、40代で何かアウトプットに意義を感じる仕事をするというのは、結構恵まれてるよなぁ。 自分のやっている事は、少なくともくだらない事では無い、と自分で思っている。 20代なら割と当たり前かもしれないが、40代でそう思えているなら結構いい感じの人生なのではないか。 たとえば他人の作ったモデル、ChatGPTでもdiffusionモデルでも、そうしたものをつついて何かを語るとかよりは遥かにまともな事をやっていると思う。 そう思える事をして日々を過ごしている、というのは、結構いい感じだよなぁ。

40代くらいになると、後から振り返って実際にまともな事だったか、というよりも、 やっている当時まともな事をやっていると思える日々を過ごしているか、という事の重要度が上がってるんじゃないか。 キャリアの残りの期間が減ってきた結果、未来よりもこれまでとその延長としての現在の日々に関心が向くからだろうか。 なので40代の日々の仕事を、有意義だと思ってやっているのは、結果がどうなろうとその時点で結構いい感じの事に思う。

20代よりも40代の方が日々の仕事を有意義と思うのが難しい気もする。 20代とからな、先の為の準備と思える事ならどれもある程度の意義を感じられる。 そして酷い仕事を除いては、先の役には立つものだ。

けれど将来のための準備よりも現在のアウトプットが重要になってくると、 それにはより多くを望まれる気がする。 まず、今の仕事どうこう以前に、ここまで積み重ねてきたものが問われる。 けれど過去には戻れないので、今からはどうにもならない。 それまでが、ある程度まともと思えるものである必要がある。

また、20代はそれがはじめての仕事であるので、仕事をしているだけに一定の意義がある。 ただ仕事をしているだけで、仕事を覚えるという事をやっているとも言える。 でも40代で仕事をしているだけ、という事に、そうした意義は普通は無い。 だから40代の方が仕事自体に意義を感じるのは、より多くを要求される気がする。

プログラマはその時々で作ったものが、 その時代を反映していて、その時代でしか出来ない何かなので、 振り返った時に意義を感じやすい気がする。 自分の仕事は明らかにその時代の一部になっていて、 そうした時代を作るような部分はプログラマの仕事には良く見られる特徴に思うし、 そうした部分に自分は結構な意義を感じる。 だからプログラマなんだろうが。

40代くらいになると、生活のために仕事をしていればまぁいいんじゃないか、という話もある。 残りのキャリアが短くなってくるので、将来のキャリアに備える必要もそれほどは無くなってくる。 だから仕事自体に意義を感じなくても、他の事に意義を感じて人生を歩んでいれば別に良いという判断もアリだと思う。 実際そういう人も結構多いんじゃないか。

最近の自分はサーフィンしつつ波の無い日とか合間に仕事をするくらいの生活をしていて、 仕事にそれほどの意義を感じなくても悪くない日常に思える。 実際に泊まりに来る他のサーファーの客などと話をしていて、自分のやっている仕事の意義に関心を持つ人はほとんどいない。 フルリモートでそんなに労働量も多くなく、それでいてレンタカー借りつつ2拠点生活に十分な程度稼げていれば、サーファー的には十分すぎる、という事なのだろう。

だからこそ自分の仕事のアウトプットに大きな意義を認めていて、 これをなんとか世に出したいと高いモチベーションで作業をしているというのは、 結構珍しい事なのかもな〜という気がする。 40代の仕事がそう思えるようなものなのは、結構いい感じの人生なんじゃないか。

少なくとも、くだらないな、と思う事では無い事をやっている。これは素直にそう思える。